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2009年10月 5日 (月)

中川昭一氏死去

ただただ驚きました。

「タカ派」の代表格=麻生、安倍両氏の盟友-中川氏足跡

 自民党の中川昭一元財務・金融相は、直言実行タイプの「タカ派」論客で知られた。ただ、発言が物議を醸したり、飲酒による体調不良の問題が指摘されたりすることも少なくなかった。落選した先の衆院選後、周囲から再起を促す意見も出る中、突然の死去となった。
 中川氏は1983年1月、父の中川一郎元農林水産相の急死を受け、勤めていた日本興業銀行を退職、同年12月の衆院選で政界に転身した。弱冠30歳だった。後継をめぐり、一郎氏の秘書だった鈴木宗男新党大地代表と骨肉の争いを繰り広げたのは有名で、自民党でもライバル関係は続いた。
 政界では農政通として知られ、初入閣も小渕内閣の農水相だった。小泉内閣以降は経済産業相や自民党政調会長など、ほぼ一貫して内閣と党の要職に起用される。
 経産相当時は、メキシコなどとの自由貿易協定(FTA)締結などに尽力。日中間の懸案である東シナ海のガス田開発では、中国の反発を覚悟で国内開発業者に試掘権を与えるなど、強硬姿勢で臨んだ。党政調会長当時の2006年には、核武装の議論を容認する発言をして波紋を広げる。
 拉致議連会長や、歴史教科書問題に取り組んだ「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」代表を務め、07年11月には、平沼赳夫元経産相らと「真・保守政策研究会」を旗揚げした。思想信条が近い安倍晋三元首相、麻生太郎前首相とは長年の盟友関係にあった。
 麻生内閣では安倍氏、甘利明前行政改革担当相、菅義偉元総務相とともに、首相の側近グループを形成。4氏の名前の頭文字を取って「NASA」と呼ばれ、麻生氏の衆院解散判断にも影響を与えた。
 所属する伊吹派内では、将来の総裁候補との声も上がっていたが、今年2月、ローマで開かれた先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)後の記者会見にもうろうとした状態で臨んだことが批判され、引責辞任。衆院選では北海道11区で民主党候補に敗れ、比例復活もかなわなかった。
 地元支持者からは「来年夏の参院選出馬を模索すべきだ」との声も出ていたが、同僚議員は「精神的に参っていた」と中川氏の心中を代弁した。

(2009/10/04-19:24)時事通信

 “小泉内閣以降は経済産業相や自民党政調会長など、ほぼ一貫して内閣と党の要職に起用”され、麻生内閣では財務相として国事のために奔走した疲れが出たのでしょうか。

中川氏、死亡前の数日間は体調すぐれず

中川氏は8月の衆院選で落選後、地元の北海道帯広市などで支持者へのあいさつ回りを積極的にこなす日々を続けていた。 ショックを表に見せず、返り咲きへの意欲も十分だった。

 選対本部長を務めた元ホクレン会長の矢野征男さんは落選の2日後、中川氏と会ったが、そのときの様子を、「憔悴しきっているかと心配だったが、すがすがしい表情だった」と振り返る。中川氏は9月14日に自身のホームページを選挙後初めて更新。「自民党がしっかりしなければいけない。私は今後新たに決意を持って進んでいきます」などと書き込んでいた。

 同月26日には都内で行われた環境フォーラムで講演。関係者によると、講演後の懇談会は終始笑顔で、「無職の中川です。選挙は負けると覚悟していた。4年間は無職なのでいろいろ勉強します。家計が苦しいから、何でもやるよ」とおどけてみせたという。

 ただ死亡直前の数日間は体調がすぐれなかったようだ。2日に帯広市で行われた地元紙主催のパーティーには、「風邪で体調が悪く、インフルエンザの疑いもある」との理由で欠席。3日は、友人と都内で行われた女子プロテニスの試合観戦を約束していたが、友人が自宅まで迎えに行ったところ、「具合が悪くて行けない」と断ったという。家族によると、同日は午前中からベッドで横になり、妻(50)が外出先から午後9時頃に帰宅した際も寝ていたという。

(2009年10月4日20時04分 読売新聞)

 マスコミはあの会見を酩酊会見と騒ぎ立てましたが、酒豪といわれる中川氏があそこまで朦朧とするにはワイン1本や2本じゃとても無理です。そもそも、食事の歓談中に飲んだワインで酩酊するわけがありません。今考えれば、あの時から既に体調が相当悪かったのでしょう。

 しかしながら、あの会見が原因の一つとなって、自民党が惨敗したのもまた事実です。その責任を一番感じていたのも中川氏であるならば、選挙に負けて“「憔悴しきっているかと心配だったが、すがすがしい表情だった」”という気持ちもわかるような気がします。

 ここ数年間、休み無く日本のために走り続けた疲れが一気に出たのでしょう。なにとぞ今は安らかにお眠りください。ご冥福を心からお祈りいたします。

 折りしも死去した10月3日は中秋の名月でした。氏の御霊は天にのぼり、日本の将来を明るく照らさんことを。十五夜の満月を見るたびに氏の事を偲び、涙するでしょう。

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憂国の士、中川昭一元財務相の怪死に関して、事件であって欲しくないと思いつつも、 2006年に英国で発生した"リトビネンコ事件(元ロシアのスパイが暗殺)"を思いだした。 [続きを読む]

受信: 2009年10月 7日 (水) 04時48分

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