« 消えた「消えた年金問題」 | トップページ | 日本にスパイ防止法を »

2007年8月22日 (水)

外交は友好の手段ではない

外交は友好の手段ではない。

中国、太平洋の東西分割提案か 米軍は拒否

 17日付の米紙ワシントン・タイムズは、キーティング米太平洋軍司令官が最近訪中して中国軍事当局者と会談した際、中国側が、太平洋を東西に分割し東側を米国、西側を中国が管理することを提案したと報じた。米側は拒否したという。提案の詳細には触れていない。

 米太平洋空軍のへスター司令官は「空間を誰にも譲らないのが、われわれの方針だ」と記者団に述べ、西太平洋地域を米軍の影響下に置く必要性を強調した。

 米政府内の親中派の間では提案に前向きな受け止めもあったが、国防当局は西太平洋の覇権を中国に譲り渡す「大きな過ち」だと主張。日本などアジアの同盟国との関係を台無しにしかねないとして断ったという。(共同)

(2007/08/20 01:05) 産経新聞

 現在の平穏は微妙なバランスの上に成り立っています。スイスのような永世中立国が何故20~30歳の男子に兵役を課し、重武装国家の道を選んだのかといえば、別に彼らが平和を愛しているわけではなく、長年の経験から同盟関係など全く当てにならない事をよく知っているからです。

 国際社会において、同盟など当てにならない事は常識です。そこに感傷など入り込む余地は無く、利害関係さえあえば敵国と手を結び、昨日の同盟国を切り捨てるという徹底したリアリズムしか存在しません。そしてそれは歴史が証明している。

 今回、中国が“太平洋を東西に分割し東側を米国、西側を中国が管理することを提案した”ことは別に驚くべきことではありません。それはただ単に中国が、米国と太平洋を東西に分割し、管理していけるだけの実力を身につけたというだけの事です。(もちろん、多分に肥大した自負心がなせる業である事は否定しませんが…)

 そして米国側が拒否した理由は、現在の自国の戦力と日本を中心としたアジアに展開する同盟国の戦力をもってすれば、まだ十分に中国を軍事的に押さえ込めると冷静に判断した、若しくは現在の中国の戦力では日本を初めとするアジア諸国を管理する事は出来ないと判断したに過ぎない。“日本などアジアの同盟国との関係を台無しにしかねないとして断った”などという発言はただの社交辞令でしかないのです。

 さて、ここで昨日も取り上げた馬鹿の発言を振り返ってみましょう。

“麻生太郎外相が提唱しているユーラシア大陸の新興民主主義国を支援する「自由と繁栄の弧」構想について、「(アジア重視などを柱とする)日本の外交原則にはなく、私は異論がある」と批判。「対中包囲網になり、安全保障面からも適切ではない」”

 一国の軍事力が強大化し、尚且つ軍事的オプションが限られている場合、外交的手段によってその弱体化を図る事を外交方針として選択するのは当然の事です。

 しかしながらここで重要な事は、この馬鹿がそんな事も理解できない馬鹿だという事ではなく、“日本の外交戦略”を“アジア重視”という“友好の手段”として捉えている点にあります。

 外交は友好の手段ではない。外交を決定するのは徹底したリアリズムだ。そこに“外交原則”を持ち込むのことは足枷にしかならないし、そんなものが存在する外交は本物の外交ではない。あらゆるオプションを想定し、その中で最良の手を打つのが“戦略的外交”というものなのです。

 それが理解できない限り、この中国の行動は到底理解する事ができないだろう。中国や米国は元々こういう国だ。

外交は友好の手段ではないと思う方はクリック!(人気blogランキングへ)

|

« 消えた「消えた年金問題」 | トップページ | 日本にスパイ防止法を »

日中外交」カテゴリの記事

コメント

馬鹿の発言を見落としていました。残念。

東西太平洋の米中による分割、この男の蚤の脳ではとうてい理解出来ないでしょう。

こうなってくると、第3の男ならぬ第3の帝国主義国との友好同盟も視野に入れなければいけなくなってきますね。馬鹿は複雑怪奇な国際情勢についていけないということで、玄界灘へでもというところでしょう。しかし、与野党を問わず、馬鹿のオンパレードですね。

投稿: weirdo31 | 2007年8月22日 (水) 08時31分

日本は、マスコミもそうだが、「外交」と「親善」をゴッチャにしている。
外交とは権謀術策の世界です。
国益の為には、相手国に絶対に足をすくわれないように、計算づくで勝負しなければならない。
ともかくお人よしを通せば、相手国からは踏み台にされるだけです。

「国際親善」を「外交」と同様に語る小沢。
そんな隙があるからこそ、韓国人秘書なんかを平気で雇っていられるんだな。

投稿: お笑いお花畑 | 2007年8月22日 (水) 15時27分

 外交が親善では成り立たないのは、何故国境が必要なのかを考えただけで解ろうというモノです、2国間が、常に親善が成立する関係なら、寧ろ国境は邪魔でしょう。

 お互いの利害が衝突する懼れがあるから、国境が必要なんです、外交が重要視されるのは、イキナリ殴り合いに迄発展させ無いためには、理性的に話し合う必要があるからです、勿論、話し合いといっても、力の強いモノが有利なのは云うまでもありません、三国干渉がよい例です、日清戦争で血の一滴も流していないロシアが、ナンデ、遼東半島の租借権を我がモノに出来たか。

 そう言う歴史も知らず、9条信仰なんですから、日本の歴史教育って、一体何の為に遣っているのか解らない。

投稿: ナポレオン・ソロ | 2007年8月22日 (水) 21時56分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 外交は友好の手段ではない:

« 消えた「消えた年金問題」 | トップページ | 日本にスパイ防止法を »