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2007年8月27日 (月)

朝日の危機管理能力

先日の安倍首相の訪印がよほどショックだったらしい。

内閣改造を前に-首相へ送る「五つの反省」

 自民党の歴史的惨敗に終わった参院選挙から間もなく1カ月。衝撃がなおさめやらぬなかで、安倍首相はあす内閣改造に踏み切る構えだ。

 選挙後も首相の足元は揺らいでいる。各種の世論調査では内閣支持率が20%台を低迷。朝日新聞の調査では47%が「首相は辞めるべきだ」と答えた。党内でも公然と退陣論が語られる。私たちも辞任が当然との考えに変わりはない。

 それでも首相は続投を選んだ。「国民の厳しい審判を受け止め、反省すべきは反省する」。そう繰り返してのことである。であれば、ここは本当に反省していただこう。首相もそれなしに政権にとどまるほど無神経ではあるまい。

 だが不思議なことに、この1カ月、首相の言葉に耳を澄ましても、何を反省するのか、肝心な中身が伝わってこない。これはどうしたことか。

 ならば仕方ない。僭越(せんえつ)ながら、私どもが考えた「五つの反省」を安倍首相に進呈したい。

 一、人事の重さを知る

 これは、首相自身が身にしみていることに違いない。1年足らずの内閣で4人もの閣僚が交代した。現職閣僚の自殺というおぞましいできごともあった。ほかにも閣僚の暴言や失言が相次いだし、ポストの重さに耐えきれない閣僚も目についた。

 「お友達内閣」といった批判をまた繰り返そうとは思わない。旧態の派閥均衡人事にせず、安倍カラーを出したい。そんな思いもあったのだろう。

 だが、政治の成否は人事で決まる。国会議員になってわずか13年、閣僚経験も乏しいまま一気にのぼりつめた首相にとって、初の人事は荷が重過ぎたのだろう。この授業料をどう生かすかだ。

 一、危機管理の能力を

 不祥事や失態を一度も起こさなかった政権など、過去にもなかったはずだ。大事なのはそのときどうするかである

 最初は大した問題でないかのように振る舞い、対応を先送りして傷口を広げてしまう。安倍首相が繰り返した過ちだ。

 消えた年金記録の問題を民主党に指摘されると「不安をあおる」と切り返し、閣僚らのカネの問題も次々にかばい続けて致命傷になった。小池防衛相と事務次官が演じた人事対立のどたばたもあった。これで一国のかじ取りができるのか。国民はその危機管理能力に大きな不安を覚えている。

 一、言葉に責任を持つ

 「私か小沢さん、どちらが首相にふさわしいか、国民に聞きたい」。参院選で首相は自らそう言い切り、この選挙を信任争いと位置づけた。

 一国のトップリーダーの宣言である。敗北すれば退陣という決意だと受け止めた人も多かったろう。だが、それは全くの肩すかしだった。

 政治家にとって「言葉は命」だ。たった一言が民意を動かすこともあるし、失望を広げることもある。ましてや首相の言葉である。安倍氏はいま一度、言葉の重みをかみしめる必要がある。

 8月15日に靖国神社の参拝を見送ったのはよい。だが、「行ったか行かなかったかも言わない」とは、子供だましの逃げ口上ではないか。本来の心情に反する決断なら、その無念もきちんと語ればよい。国民はそういう姿を求めている。旧日本軍の慰安婦問題でも、煮え切らない発言ぶりが混乱のもとになった。

 一、基本路線を見直す

 首相はいまも「私の基本路線は国民の理解を得ている」と繰り返している。本当にそう考えているのなら、見当違いも甚だしい。国民の理解があるなら、なぜこれほどの大敗を喫したのか。その吟味なしに反省などありえない。

 首相の基本路線といえば何といっても「美しい国」であり、「戦後レジームからの脱却」、その先の憲法改正だろう。だが、美しい国とは何なのか。戦後を否定して戦前レジームに戻したいのか。安倍首相のもとでは改憲したくない、という人が多いのは、なぜなのか。

 一方、小泉政権から引き継いだ構造改革はぼやけてしまった。改革の負の遺産をどうするか、それは首相ならずとも難題だ。何を引き継ぎ、何を改めるか。ここでも基本政策の吟味は欠かせない。

 一、おごりを捨てる

 先の通常国会で与党は17回もの採決強行を重ね、国民投票法などの成立を急いだ。首相の号令のもとに、である。

 多数決は民主主義のルールには違いないが、だからといって、これほどまでに数の力を振り回していいのか。しかも、衆院の圧倒的な議席は小泉前首相が「郵政」の一本勝負で得たものだ。安倍氏はそれを乱用したに過ぎない。

 参院の与野党逆転で、この手法はもう使えない。だから今度は低姿勢で臨むようだが、野党に植えつけてしまった不信感はこれから自身に跳ね返ってくる。

 とすれば、反省は手遅れかも知れないが、それでも苦い教訓は生かさねば。万事おごりを捨てるべし、である。

 この春死去した城山三郎さんは、新刊の随筆集のなかで、戦前の気骨の首相、浜口雄幸(おさち)の次の言葉を引いている。

 「政治家は国民の道徳の最高の基準を生きなくてはいけない。国民全員が見ている」「総理たる者が約束を破れば、国民は何を信じて生きていけばいいのか」

 激しい逆風の中で、首相は試練に立ち向かう。果たしてこれから巻き返しがなるか、それとも破綻(はたん)を迎えるのか。それは、自らの反省によって、国民の信頼を取り戻せるかどうかにかかっている。

2007年08月26日(日曜日)付 朝日新聞

 もはや基地外としかいいようがないのですが、それは松岡農水相の自殺を“おぞましい”と表現したところに一番現れている。

 “おぞましい”の意味は“身震いするほど嫌な感じ”“ぞっとするほど”そして“不快なほど愚かしい”“馬鹿らしい”である。自ら死を選んだ人間に対して投げかける言葉としては極めて不適当。かつ、この上ない不快を感じる。残された遺族のことを考えれば、ここは“痛ましい”と表現するのが責任あるマスメディアとしてのあるべき姿ではないのか。故人の名誉を死後も愚弄し、政治目的に利用するなど日本人として恥ずかしくないのか!

 さて、朝日は“人事の重さを知る”“危機管理の能力を”を反省材料としてあげていますが、朝日の人事と危機管理はどうなっているのでしょうか。

男3人を死体遺棄容疑で逮捕 名古屋の女性拉致殺害事件

 岐阜県瑞浪市の山林から女性の遺体が見つかった事件で、愛知県警は26日、自首した男ら3人を死体遺棄の疑いで逮捕した。容疑を認めているという。殺害への関与も認める供述をしており、県警は強盗殺人事件とみて特別捜査本部を設置した。3人は犯罪を目的とした人が集まるネット上のサイトで知り合い、「金を奪う目的で力の弱い女性を狙った。誰でも良かった」と供述しているという。

 逮捕されたのは住所不定、無職川岸健司(40)▽愛知県豊明市栄町西大根、新聞勧誘員神田司(36)▽名古屋市東区泉1丁目、無職堀慶末(32)の3容疑者。

 遺体は名古屋市千種区春里町2丁目、会社員磯谷利恵さん(31)とわかった。

 調べでは、3人は25日午前4時ごろ、岐阜県瑞浪市稲津町小里の山林に、磯谷さんの遺体を遺棄した疑い。24日午後10時ごろ名古屋市千種区自由が丘の路上で磯谷さんを拉致し、25日午前0時ごろ愛知県愛西市の国道沿いにある駐車場で殺害したと供述しているという。磯谷さんから数万円を奪い、3人で山分けにしたとも話しているという。

 3人は事前に犯行の打ち合わせをしていたが、サイトで知り合うまで面識はなく、素性を知られないように川岸容疑者は「山下」、堀容疑者は「田中」と、それぞれ偽名を名乗っていたという。神田容疑者は、昨年9月から朝日新聞の販売所が業務を委託したセールス会社に勤務していた。

 犯行後の25日午後1時半ごろ、川岸容疑者が県警の総合当直に通報し、事件が発覚した。

 磯谷さんの遺体は25日午後7時10分ごろ、川岸容疑者の供述通りの場所で見つかった。服は着たままで、顔の全体が粘着テープでぐるぐる巻きにされていた。

2007年08月26日12時16分 朝日新聞

 “新聞勧誘員神田司(36)”じゃなくて“朝日新聞勧誘員神田司(36)”だろ。末尾で“昨年9月から朝日新聞の販売所が業務を委託したセールス会社に勤務”などと言い訳がましく説明しているが、天下の朝日新聞の勧誘員であることは紛れもない事実ではないか。

 “人事の重さを知る”朝日新聞であれば、当然の“危機管理の能力”として、末端までの人事管理が出来ていなければおかしいのではないのか。そうでなければ、末端の政治団体の不祥事を元に、大元の政治家を締め上げることなど出来るはずがない。“反省は手遅れかも知れないが、それでも苦い教訓は生かさねば。万事おごりを捨てるべし”だ。こんな記事を書いているから、朝日新聞の記者や配達員や勧誘員の不祥事がいつまでたっても絶えることがない。

 そして“言葉に責任を持つ”だが、もはや朝日の「ジャーナリスト宣言」については死語になりつつあるので省略。それよりも見逃せないのは“本来の心情に反する決断なら、その無念もきちんと語ればよい。国民はそういう姿を求めている”という言葉だ。これは“国民”を“中共”と置き換えれば非常にしっくりくる。

 これはまさに中共の代弁だ。そして安倍首相の推し進める“価値の外交”への危機感の表れといっていい。

 安倍首相の“「行ったか行かなかったかも言わない」”という曖昧戦術によって、中共は“靖国カード”を事実上放棄し、就任直後の首脳会談へ踏み切った。そして今回、安倍首相が8月15日の靖国参拝を見送り、慰安婦問題については“人権問題”だとして謝罪を行ったことにより、現在、中共は完全に攻め手を失った状態にある。

 その一方で、安倍首相は中国に背を向け、“価値の外交”である“自由と繁栄の弧”を推し進めた。これは正に、この中共の押し付ける“歴史認識”を逆手に取った外交戦略であり、“戦後日本”を“民主主義”、“慰安婦問題”を“人権問題”に置き換え、“民主主義や人権の尊重など基本的価値観の共有”を外交によって推進するアジアの優等生としての日本をうまく演じている。そしてそれは先日の訪印によってかつてないほどの成果を引き出し、日印関係を準同盟レベルまで引き上げ、日米豪印4カ国による影響力をインド洋にまで広げることに成功した。

 この事実上の“中国包囲網”を中国は外交で挽回せねばならない。しかしながら今までの日中関係はすべて一方的な関係であった為に、中共には日本と取引できる材料が全くない。結局、最後は“歴史認識”でいざこざを起こしてカネを強請るしか方法がないが、安倍首相に全く相手にされないためにすべて不発に終わっている。

 朝日社説のかつてないほどの狂乱は、この中共の焦りが背景にあるものと見て間違いないだろう。

 今頃中共は、安倍首相が先の訪中で提言した“戦略的互恵関係”という言葉の意味を理解したのではないか。そして、朝日は明日発表される内閣人事について、半狂乱で批判する記事を書くだろう。

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コメント

朝日新聞の勧誘員であったことを報じたのは、ごく一部でしたね。
むしろ、テレビなどではまったくのスルーでした。
そして、「こういう危険なサイト(犯人が集まったサイト)を処罰ないしは禁ずる法律が必要だ」
というコメントを出し、ネット世界を非難するだけの報道なんかが目立っていました。

投稿: お笑いお花畑 | 2007年8月27日 (月) 10時37分

一、人事の重さを知る
一、危機管理の能力を
一、言葉に責任を持つ
一、基本路線を見直す
一、おごりを捨てる

朝日新聞の社是にぴったりの標語ですが、灯台もと暗し、医者の不養生、紺屋の白袴。

自分の目玉の中にある大きな梁を鏡でご覧なさい。

投稿: weirdo31 | 2007年8月27日 (月) 12時47分

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