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2007年5月21日 (月)

ひどい事件

ひどい事件ですね。

愛知・立てこもり事件 震撼の29時間 警察の対応を検証

 元暴力団組員の男が愛知県長久手町の自宅に立てこもった事件は、警察官ら3人が撃たれ、さらに警察官1人が射殺される惨劇となった。初動の認識の甘さや後手後手の対応が事件を長期化させた側面もある。郊外の静かな住宅街を震撼(しんかん)させた「29時間」を検証した。

●「おもちゃ」うのみ 軽装備

 愛知署長久手交番の木本明史巡査部長(54)は17日、110番通報を受けて大林容疑者の自宅に駆けつけ、1人で自宅に近寄っていき、撃たれた。

 木本巡査部長は普段と同じ装備で、防弾衣などをつけていなかった。

 「拳銃はおもちゃだという情報が入っていた。本物と思っていなかった可能性が高い」。容疑者逮捕の会見で、石川文彦・愛知署長は悔やみきれない様子で明かした。

 「おもちゃ」という情報は、次女が電話してきた2番目の通報のことだ。当初の「拳銃を持っている」という通報を打ち消すように、「父は落ち着いた。警察が来たら興奮するかもしれない。来ないでください。拳銃はおもちゃです」。

 しかし、そばの住民は、「1週間ほど前にもパンという音を聞いた」。たびたびトラブルを起こしていた元暴力団組員の動静について、警察はさしたる注意を払っていなかったことになる。

 木本巡査部長は、玄関先に倒れたまま、動けなくなった。29時間にわたる大林容疑者と警官隊とのにらみあいが始まった。

●警官救出、発砲で慎重に

 大林容疑者は木本巡査部長を撃った後、長男と次女も銃撃。元妻を人質に取った。

 木本巡査部長と元妻の救出を最優先に考えた捜査側を慎重にさせた出来事がまもなく起こった。

 大林容疑者が、警官隊に向かい、「近づいたら撃つ」と叫び、実際に1発を発砲したのだ。

 石川署長は「拳銃を所持しており、第2、第3の被害者を出さないように最善の態勢を整えていた」と説明する。

 発生から約2時間後の17日午後6時ごろから、それまで携帯の無線を通じて聞こえていた木本巡査部長のうなり声も途絶えた。しかし、救出するための突入まで、発生から約5時間を費やした。荒井正道捜査1課長は「装備や捜査員の配置を整えるために時間がかかった」と話す。

 木本巡査部長の治療にあたった医療機関側は「あと少し遅ければ最悪の事態になりかねない状態だった」

 木本巡査部長が救出された際、容疑者は4発を撃った。1発が、突入の支援をしていた林一歩(かずほ)警部(23)=巡査部長から特進=の命を奪った

●解決の端緒は「自力脱出」 

 林警部は18日未明、死亡。特殊部隊(SAT)の隊員として、創設以来初の犠牲者となった。

 同日午前5時ごろ、特捜本部はいったんは突入を決意した。

 しかし、結局見送られ、捜査1課特殊班の交渉人(ネゴシエーター)による説得が続いた。

 石川署長は、「(新たな)犠牲が出たことで、捜査が慎重になった。危険な現場で、環境を整えていたと振り返る。

 事態が大きく進展したのは、元妻が自力で脱出してからだった。

 18日午後2時51分、元妻がトイレの高窓から逃げ出し、保護された。

 大林容疑者が「事件の経緯を話したい」などと地元FMラジオ局の人気DJと話し込んでいるすきをついた。

 大林容疑者は元妻の脱出を機に気弱な様子になり、「自分も外に出る」などと話し始めたという。元妻の脱出がなければ、膠着(こうちゃく)状態が続いた可能性は否定できない。

 藤村博之・県警刑事部長は「反省、教訓として同種事案の再発防止につなげたい」と語った。捜査のあり方について、大きな課題を残した。

2007年05月20日17時23分 朝日新聞

 一体何がひどいかといえば、同僚が撃たれて生死の境をさまよっているというのに5時間以上放置した挙句、救出の援護を行っていたSAT隊員が“銃を構えた”状態で犯人に狙い撃たれて殉職したという状況を作り出した愛知県警の無能ぶりです。

 最初に警察官が撃たれ、玄関先に放置されているという時点で、犯人に人質にされている元妻、つまり身内よりも警察官の身柄の安全を優先することは当然であり、救出作戦中も特殊訓練を受けたSAT隊員に援護射撃の許可さえ出ていれば、その作戦中に犯人に4発も狙い打たれ、そのうち一発が“不幸にも”防弾チョッキの隙間から入り込んで致命傷になることも無かった。この若い将来ある警察官が10ヶ月の幼いわが子を残して殉職することも無かったのです。これは明らかに愛知県警幹部の無能さと過剰な人権意識が招いた人災だ。

 “発生から約5時間を費やした”理由について、“「装備や捜査員の配置を整えるために時間がかかった」”とわけのわからない言い訳をしていますが、つまりは備えを怠ったということだ。

 凶悪事件が急増し、発砲事件も相次いでいるにもかかわらずその対策を怠り、日頃からまったく準備をしていなかった為に5時間も無駄な時間を費やしたのです。撃たれた警察官が生還できたのは単なる幸運に過ぎない。

 “容疑者は4発を撃った”とありますが、では、その間愛知県警は何発撃ち返したのか?まさかそろいもそろってぼーっと眺め、容疑者が狙い撃つのさえも傍観した挙句、林一歩警部が凶弾に倒れるのを黙ってみてたのでしょうか。もしそうであればその無能ぶりはもはや救い様がありません。

 石川署長は“「(新たな)犠牲が出たことで、捜査が慎重になった。危険な現場で、環境を整えていた」”と語ったようですが、新たな犠牲が出たのは紛れも無くあなたの責任です。そんな他人事のように語る前に自分の進退を語るべきだ。

 愛知県警は結局この事件で何もしなかった。何もせずに傍観していたら勝手に“元妻が自力で脱出”し、犯人が勝手に“脱出を機に気弱な様子”になって投降しただけ。そして全国に日本の警察の無能さをさらけ出し、世の凶悪犯に自信をつけさせた。

 日本では拳銃を乱射し、その結果、警察官を射殺したとしてもけして反撃を受けることなく、射殺されることも無い。

 そして不幸にも撃たれて現場に取り残された警察官は覚悟しなければならない。自分の救出には5時間以上かかり、その救出作戦中に援護射撃すら無い事を。

 そんなことを繰り返すうちに、やがて絶望と共に気が付くだろう。日本では警察官の命よりも犯人の命のほうが“重い”という事実を。

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コメント

今日の産経(大阪)朝刊社会面に、殺人犯大林の拳銃発射の瞬間が生々しく描かれている。

それによると、玄関を開けて発砲した犯人と木本巡査部長を救出するための隊員最前列の間は3㍍前後、支援隊の林警部らとの間は7,8㍍だったとある。

射殺命令が出ていなかったとしか考えられないではないか。愛知県警の幹部が「断腸の極み」などと口走ったのは、自責の念に駆られてのことだろう。

凶器をもって抵抗する犯人に立ち向かうさいには、出動する係官には、必要ならば武器の使用を躊躇するなというのが、上官の発すべき命令である。

投稿: weirdo31 | 2007年5月21日 (月) 08時37分

普段からの危機管理の欠如、優柔不断、決断力の無さが部下の配置一つを見ても覗えます。今の日本の姿がだぶりますがプロの仕事にしては「お粗末」過ぎます。
正直な事は反面??とも言います。実砲を撃つ必要が、常時あるものでは無い事位は普段から考えて置いても良いのでは無いでしょうか?
警察官が何人死んでも「市民」を無傷で保護しなければいけないのでしょうか?死ぬに惜しい人が死に、死んでも良い奴が生き残った、日本にはマイナス、心から哀悼の意を表したいと思います。
同時に最後に犯人に向かい「有難う」と言った警察官を私は許せません。「両手のモノを置け、その場に伏せろ、伏せなければ射殺する」、之が人を殺した人間に対する対応として誰が非難できるのでしょう。

投稿: 猪 | 2007年5月21日 (月) 10時25分

こういう警察幹部の対応を見ると、
かつての阪神大震災時に大失態をやらかした村山元総理のコメント・・
「なにぶん初めてのことでございますし、早朝のことでもございますから」 を思い出す。
平和ボケっていうのは、『ボケてる本人だけは幸せ、ただしそれによって犠牲になる方はたまったもんじゃない』っていう世界。

投稿: アサピー嫌い | 2007年5月21日 (月) 10時41分

たった一人のチンピラ相手に何十人も動員して大苦戦
テロが発生した場合どうなるのでしょう
一抹の不安を感じます

今回の不手際は、1970年に発生した瀬戸内シージャック事件にて
警察官が銃を所持した乗っ取り犯を狙撃し
事件後、二人の人権派弁護士とやらが犯人を狙撃した警察官を提訴し最高裁まで争った事がトラウマとなり
警察は萎縮して発砲を躊躇うようになった事も一因なのでしょう
愚かでバカなサヨク思想を跋扈させないためにも良識が声をあげるべきではないでしょうか

投稿: ROM | 2007年5月21日 (月) 11時41分

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